朝陽に霞むアンコールワットマラソン

白々と明け始めた夜は、地平線の向こう側から日が昇り始めると一切の静寂から目がさめるのである。アンコールワットの敷地内に設置されたスタートラインには、全参加者3500名あまりが出発をまっている。日本を代表するランナーの有森裕子さんが呼びかけ人になって開催されている「アンコールワット国際ハーフ・マラソン大会」も今回で14回目。年々参加者も増えている。

 アンコールワットの背景に朝日が光りだし、朝靄がけぶる早朝6時にスタートのピストルが鳴った。一斉の人達。先頭は、カンボジア人の車椅子ランナー。続いてハーフ、クオーターのランナーが続く。その大勢がアンコールワットの森の中に吸い込まれていく。アンコールワットの森の中に入り込むと再び静寂が訪れ自分の足音だけがスタスタと聞こえてくる。森の中の空気は凛としていて汚れたものを浄化していく効果があるような気がする。途中駆け抜ける居住集落では、まだ寝起きの子供が寝巻きのまま外にでて目の前に通り行く風景を眺めている。その静けさと素朴さの中にこころが洗われるような錯覚を覚えるのである。

 カンボジア人は総じてはにかみ屋のような気がする。素朴な中にはにかむ笑顔は、タイ人のバランス感のよい笑顔とも違う。生活の背景や都会的な磨耗した疲れのない笑顔に感じるものは、あまり押しが強くなく、人が良いやさしい笑顔。走りながら考える余裕があるのも大方のランナーは最初の内だけであろう。途中から自分の心肺機能の限界を悟り始め、次に肢体の機能の限界を感じいる。日々に走るなどという日常を取り入れている人をランナーというのなら我らの様なその日限りの参加者は、即席のランナーということになる。すぐに体が痛むは必定であろう。それでもこの大会の救いは、マラソン半分以下のコースが設定されていることである。マラソン大会に行ってきた!と威張ってみてもその何分の1しか参加していないので関心を受けるとこそばゆいのあるがそれでも一応参加している。

年の初めに身やこころを清めたいのであれば早朝に走りこむのは良い方法である。


この記事は、2002年~2015年に雑誌掲載されたものに、加筆修正をしたものです。記述内容が当時のものであり、現状と違う部分が含まれています。